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April 18, 2008
「ドラマチック幕末〜篤姫の生きた時代〜」
〜明治維新140年・霊山歴史館春季特別展〜
| 期間 | 平成20年4月4日(金)〜5月6日(火) |
| 会場 | 霊山歴史館 |
| 開館時間 | 10:00-17:30(入館は17:00まで) |
| 休館日 | 毎週月曜日(4月28日、5月5日は開館します) |
今年は明治維新から数えて140年。折しもNHK大河ドラマでは「篤姫」がテーマで、女性の目から見た幕末がクローズアップされており、幕末、明治維新が注目を集めています。
嘉永6年(1853)、ペリー率いる4隻の黒船が来航し、江戸幕府250年の泰平は破られました。開明的な思想家は日本の危機を唱え、日本は開国か攘夷かで大きく揺れ動きましたが、翌年、幕府は砲艦外交に押されるまま開国に踏み切りました。
さらに大老・井伊直弼は、不平等な日米修好通商条約の調印を決め、将軍継嗣問題では一橋派を押しのけ、南紀派の家茂を次期将軍としました。これに抗議した攘夷派や一橋派は厳しい処分を受けました。これが、安政の大獄です。
しかし独裁政治を行うほど、幕府には力が残っておらず、井伊大老は桜田門外の変で暗殺されました。この危機を乗り越えようと幕府が考えたのが公武合体で、将軍家茂に皇女和宮を降嫁させて、幕府の権威を保とうとしました。
NHK大河ドラマ「篤姫」では、揺れ動く当時の様子が一人の薩摩女性の目を通して描かれています。幕末、薩摩が動けば日本が変わると言われていました。それほど、薩摩藩の影響力は大きかったのです。そして多難の時代を切り拓こうと多くの人びとが奔走しました。
今回の展示は重要文化財を含む約100点の資料を公開、映像なども駆使して篤姫の生涯やドラマチックに展開したこの時代のありさまをご紹介します。
- 【展示構成と主な展示品】
- ■篤姫をめぐる人々
- 篤姫写真パネル/島津斉彬肖像画パネル/島津斉彬和歌/徳川家定朱印状(初公開)/島津久光和歌短冊/小松帯刀写真パネル/小松帯刀和歌短冊/近衛忠煕和歌/大久保利通宛て西郷隆盛書状(※1)/小松帯刀意見書(※2)/久世広周書状写(※3)/徳川家茂肖像画パネル/和宮葵紋付天目台/和宮四季花鳥図(円山応立画)/源氏物語図衝立/錦絵「女行列之図」(歌川国貞画)/和宮様御輿入行列略図(木版)/坂本龍馬銅像(江里敏明作)/沖田総司銅像(江里敏明作)/土方歳三(江里敏明作)/龍馬を斬った刀
- ■大奥
- 投扇興/投扇曲点式絵図/貝合わせ/錦絵「千代田の大奥 茶の湯」/錦絵「官女習字之図」/錦絵「千代の春 顕女の賑ひ」(初公開)/錦絵「徳川時代貴婦人の図」/錦絵「勤王六家撰」/孝明天皇愛用御所人形/飛蝶蒔絵手焙
- ■井伊直弼と安政の大獄
- 井伊直弼肖像画バネル/井伊直弼和歌/月照扁額/近世報国赤心士鑑/南洲神社写真パネル/西郷隆盛終焉の地写真パネル/西郷隆盛肖像画/西郷隆盛詩書/近藤正慎和歌/近藤正慎所用陣笠/近藤正慎文筥/錦絵「於薩海ニ英入水」/松平春嶽写真パネル/松平俊学詩書/吉田松陰冤魂慰草/徳川斉昭油絵/徳川斉昭詩書/錦絵「金子孫三郎」(初公開)/錦絵「孕石主税」(初公開)/錦絵「陸尺弥七右衛門」(初公開)/錦絵「加田九郎太」(初公開)/錦絵「有村次左衛門」(初公開)/梁川星巌所用手文庫/桜田御門外水府脱士之輩襲撃図
- ■天誅事件と新選組
- 京都守護職門写真パネル/松平容保写真パネル/松平容保和歌/近藤勇写真パネル/近藤勇所用鎖帷子/天誅絵巻/新選組大幟/新選組袖章/錦絵「京都上洛将軍二条城出門の図」/賀茂御祖神社社頭図/加茂行幸図屏風
- ■八月十八日の政変
- 妙法院写真パネル/七強落ちの図/梨木神社写真パネル/三条実美詩書/三条公所用わらじ/東久世通禧写真パネル/東久世通禧和歌/三条公履歴/所郁太郎所用刀/錦小路頼徳肖像画パネル/七強落ち和歌/長州藩上関御番所旗/毛利敬親肖像画パネル/毛利敬親一行書/毛利元徳肖像画パネル/毛利元徳所用大礼服/長州藩家紋入り風呂敷
- ■大政奉還
- 二条城写真パネル/徳川慶喜写真パネル/徳川慶喜一行書/坂本龍馬写真パネル/坂本龍馬像(特殊造型)/岡本健三郎宛て坂本龍馬書状(慶応3年10月24日付)/新政府綱領八策(複製)/官員録/徳川年代寿語録/
- ■鳥羽伏見の戦い
- 鳥羽伏見戦跡写真パネル/伏見戦跡写真パネル/錦絵「毛理嶋山官軍大勝利図」/錦絵「下鳥羽合戦の図」(初公開)/錦絵「徳川慶喜公天保山乗船図」/錦絵「東京御酒頂戴の図」(初公開)/岩倉具視宛て静寛院宮御書状(複製)
- ※1 大久保利通宛て西郷隆盛書状(岩倉公旧蹟保存会蔵、重要文化財、初公開)
- 王政復古の大号令の前日(慶応3年12月8日)に、西郷が大久保に宛てた手紙です。何故、大久保宛の手紙が岩倉具視の対岳文庫に所蔵されていたのか。『大久保利通文書』を見ると、この手紙は、有栖川宮が喪中をも顧みず奮起するべき台旨を岩倉に伝えるため、大久保が岩倉に宛てた手紙に別紙として添えられたことがわかります。また、それだけではなく、西郷は、有栖川宮諸太夫の粟津義風と、品川弥次郎と談合をして請け合ったことがあり、それは、明日、有栖川宮は必ず参殿するので、正親町三条卿にも、今一度、周旋をしてもらい、周旋の結果を粟津義風まで連絡をしてもらいたいと、大久保から岩倉に頼んでもらいたいという内容の手紙でありました。これは、有栖川宮からの依頼と推測できますので、大久保は、その手紙を添えて、岩倉に対応を頼んでいます。他にも、翌日に備えて、仁和寺宮や山階宮のもとへ、高崎佐太郎や井上石見を差し向けたりと、王政復古の大号令の前日、岩倉と大久保は、頻繁に連絡を取りながら、準備をしている一端が、この手紙からはうかがえます。
- ※2 小松帯刀意見書(岩倉公旧蹟保存会蔵、重要文化財、初公開)
- 小松が明治2年4月28日に書いた意見書です。小松は、版籍奉還を各大名に促すよう政府に求め、また、外国官副知事という立場から、外国との交際について述べています。「五箇条の御誓文にあるように外国との交際を活発にすること」とし、「不平等な条約の改正」、「金銀の交換レートの適正化」について言及しています。
小松は、この意見書を書いた翌年の7月20日に36歳の若さで病死します。 - ※3 久世広周書状写(岩倉公旧蹟保存会蔵、重要文化財、初公開)
- この書状写は、和宮御降嫁関係文書として、岩倉公旧跡保存会「対岳文庫」に収蔵されています。万延元年(1860)4月朔日、安藤対馬守(安藤信正)、脇坂淡路守(脇坂安宅)、内藤紀伊守(内藤信親)、久世大和守(久世広周)の連名で、京都所司代酒井忠義(若狭守)に宛てて、和宮降嫁を打診した書状の写しです。これにより酒井は、関白九条尚忠に婚儀勅許の仲介を依頼しましたが、はじめ孝明天皇と和宮は、この申し出を拒絶しました。
※霊山歴史館webに、「展示各コーナーと見所ミニ解説」が掲載されています。あわせてご覧下さい。
- <入館料>一般:700円/高校生:400円/小中学生:300円
- 団体20人以上は各100円引き
- *友の会会員は無料(会員証提示)
- *霊山歴史館のホームページに、「ご入場割引クーポン券」がありますのでご利用ください。
●本展にあわせて、特別講演会を開催します。特別講演会については、コチラを御覧下さい。
- 【問合せ】霊山歴史館
- 〒605-0861 京都市東山区清閑寺霊山町1
- TEL:075-531-3773/FAX:075-531-3774
- E-Mail:ryozen-museum@hi-ho.ne.jp
投稿者 minagawa : April 18, 2008 07:36 PM
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