展示の目玉

東京龍馬会的「龍馬展」見学のススメ

この夏、京都国立博物館では、大規模な特別展覧会を開催します。展示概要は「かわらばん」に掲載していますが、この展覧会をもっとたのしみたい方のために、東京龍馬会が徹底紹介します!


★宮内庁書陵部所蔵の薩長同盟の裏書きの本物が展示

「龍馬の翔けた時代」図録 薩長同盟の裏書きの実物は、なかなか展示されません。最近では、平成15年、鹿児島県歴史資料センター黎明館の特別展「激動の明治維新展」で13年ぶりに展示された位です。東京龍馬会が設立してからの19年間、多くの龍馬展が開催されましたが、実物は一度も展示されたことはありませんでした。今回を見逃すと、次はいつ見学できるかわかりません。龍馬の力強く、そして迷いのない筆づかいを鑑賞してください。

前期は、木戸孝允が書いた薩長同盟に関する表書きが展示されます。裏書き部分は表側からうっすらと見ることができます。
後期は、龍馬が朱書きした裏書きが展示されます。また、表書きの複製をあわせて展示します。(【展示作品65】)

★御物となった龍馬の手紙!

平成10年、宮内庁三の丸尚蔵館の展覧会「志士たちの書画」で公開された「此頃は天下無二の軍学者勝麟太郎という大先生に門人となり、ことの外かはいがられ候て、先きゃくぶんのよふなものになり申候」の書き出しではじまり、「すこしヱヘン」「猶ヱヘンヱへん」と書かれた有名な手紙が展示されます。展示期間は前期のみです。

この手紙は、『土佐勤王志士遺墨集』に掲載されて以後、所在がわからなかった手紙ですが、三の丸尚蔵館での展示によって、昭和3年、田中光顕により献上されたことが判明した手紙です。御物となったため、外部で展示されるのは戦後はじめてではないでしょうか?(【展示作品35】)

★国の重要文化財に指定された書簡類や遺品などを一堂に展示!

京都国立博物館が保管している坂本龍馬関係資料のうち、昭和6年に札幌市の坂本弥太郎氏から寄贈された書状、記録類(文書集3巻、目録2巻)6巻と遺品(血染の掛け軸、三徳)2点、そして昭和15年に京都市の井口新助氏から寄贈された遺品(紋服、血染の屏風)の2点が、平成11年6月7日、文化庁によってその資料の重要性が評価され、一括で重要文化財(歴史資料の部)に指定されました。

今回の展覧会では、それらが全期間展示されます。(但し、小栗流の目録三巻のうち、「小栗流和兵法十二箇条并二十五箇条」は前期のみ、「小栗流和兵法三箇条」は後期のみの展示となります)

★陸援隊の白川屋敷から出土した瓦や陶磁器類

京都大学の北部構内には、かつて、土佐藩の屋敷がありました。慶応2年、摂津住吉にあった建物を移築し、翌年には陸援隊の宿舎として使われていました。近年、京都大学埋蔵文化財研究センターにより、関連する堀や井戸などの遺構が発見されています。土佐藩邸の南限を画する幅約3mの堀からは、大量の桟瓦が出土し、その商標である刻印から土佐で焼かれたことがわかります。瓦片から、「アキ」など土佐の地名を探してみてください。(【展示作品90】【展示作品91】)

桟瓦が出土した堀の画像は、京都大学埋蔵文化財研究センターのホームページでご覧になれます。

★龍馬の紋服の実物を展示

★龍馬の紋服 近江屋井口家から寄贈された龍馬が着用した紋服です。霊山歴史館などには、この紋服をもとに作成された複製が展示されていますが、実物は触れる度に着物の繊維が劣化するため、今後の外部での展示はないと思われます。現物の展示は、おそらく京都国立博物館できり見学できないと思います。

ガラスケースに平面展示された紋服を間近でご覧ください。小さいほころびなどを見つけると妙にリアルに感じられます。(【作品番号107】)

★四境戦争小倉口の関係絵図が一堂に並びます

第二次長州征伐のことを、長州では四境戦争と呼んでいます。四境とは、大島口、芸州口、石州口、小倉口の四方面のことですが、このうち、龍馬は小倉口の戦いに加勢しその様子を書き残しています。

慶応2年6月17日の戦闘の様子を描いた「長幕海戦図」は、同年12月4日付けで坂本権平に送った手紙の一部分で、この手紙に龍馬が「此手紙もし親類之方などに御為見被成候ハゞ必ず〃誰れかに御書取らセ被成候て御見セ」と書いていることを裏付けるかのように、坂本家の親戚の家には、この手紙を筆写したものが伝わっています。

本展では、坂本家所蔵の「長幕海戦図」と、土佐の親戚の家に伝わる澄心斎筆「龍馬書簡写」が並んで展示されます。また、坂本龍馬と溝淵広之丞合作の「下関海戦図」、長幕戦争を意識して制作された「馬関彦島沖測量図」、「慶応二年小倉落城図写」「九州小倉合戦図」も併せて展示され、小倉口での戦いの推移がわかるような展示になっています。
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